Home > 4. パルデンさんについて

4. パルデンさんについて Archive

『雪の下の炎』 基本情報

■ 『雪の下の炎』   パルデン・ギャツォ(著) 檜垣嗣子(訳) 
               表紙カバー写真: Dillon Bryden,  本文地図作成: 山中泰平,  装幀: 新潮社装幀室
 
1998年に新潮社より刊行された初版は惜しまれつつも絶版に。
その後、2008年春の中国軍によるチベット制圧が契機となって日本中で沸き起こったさまざまなチベット支援活動の一環として、
ネット上(Mixi 「Free Tibet」コミュニティ)で展開された復刊運動の後押しを受け、ブッキング社復刊ドットコムの尽力により、2009年1月に復刊が実現。
復刊投票に寄せられたコメントの数々

ダライ・ラマ法王による序文 / 献辞 / プロローグ
読者の声

● 単行本: 271ページ
● 出版社: ブッキング (2009/1/18)
● ISBN番号: ISBN978-4-8354-4398-0
● 発売日: 2009/1/18
● Amazon.co.jp / オンライン書店 bk1 / 本やタウン などのオンライン書店をはじめ、全国の書店で絶賛発売中。
 
 

■ 原著書について
本書はパルデン・ギャツォ師とイギリス在住の通訳ツェリン・シャキャ氏による共同執筆。
1995年にロンドンを訪れたパルデン師の通訳をツェリン氏が務め、その後にツェリン氏がダラムサラへ出向いて、本格的な共同執筆作業が開始された。パルデン師による回想録のテープ120本以上、約300時間に及ぶテープを、ツェリン氏がチベット語で書き起こす作業から、執筆されたという。
“Fire Under the Snow” by The Dalai Lama (Foreword), Palden Gyatso (Author), Tsering Shakya (Translator)
Publisher: The Harvill Press (25 Sep 1997)

アメリカでは異なったタイトルで出版されているが、内容は同じ。 “The Autobiography of a Tibetan Monk” 
アマゾン・ドットコムで「24コメント平均5つ星評価(1コメントのみ4つ星を除いて、全員が5つ星)」という驚異的な高い評価を受け続け、現在も静かなベストセラーとして読み継がれている。
 
 

皆様から寄せられた感想

まだ発売間もない本書ですが、感想が続々と寄せられています。順次追加して掲載させていただきたく存じますので、掲載を希望される方は、

1.ニックネーム 2.男性or女性 3.できれば大体のご年齢(30代、40代、etc。できれば、でけっこうです) 
4.ご自身のブログやサイトがあればリンクを張らせていただきますので、そのURL

以上を添えて、ご感想を 「reprint.fire.under.the.snowアットgmail.com」 
(「アット」を@マークに変えてください)までご送信いただけますと幸いに存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 
 

*********
読む前は、拷問の場面を想像して、少し恐い感じがしていました。
読み終えて、何者にも縛れない心の自由と、崇高な精神を教えてくれた、美しいチベットの人のことを決して忘れない…と思いました。

いとし~さん、40代・女性)

*********
あれほど過酷な目に会いながら、どうしてあのようなやさしいまなざしを持ちうるのか?
拷問にも揺るがない心のありようとは?今もお元気で生きておられることが素晴らしい!

(hanaさん、50代・女性)

*********
 この本に描かれた不条理は、まさに筆舌に尽くしがたいものがあります。
 しかしながら「人が人に対してこんなにもひどい仕打ちができるのか」という思い以上に、想像を絶する苦境においても自らの意思を貫き、
互いを思いやる人々の姿に強く胸を打たれました。
 「人間らしく生きる」ことの大切さを力強く感じさせてくれる一冊です。

chy9929さん、女性)

*********
人間の強さを知る本

2008年の夏、パルデン・ギャツォさんご本人のお話を直接伺う機会に恵まれました。
76歳になられるパルデンさんは、とても闊達で、ユーモアに溢れ、よく焼けた体と(がっちりしていたと思われる)、 大きな手、キラキラと光る目が印象的な方でした。

ぜひ、本作を読みたいと思いましたが、絶版になっていたため、はじめは図書館で借りて読みました。
どうしても手元に欲しかったので、今回の復刊を心から喜んでいます。

残酷な拷問や獄中生活の描写よりも、パルデンさんの強い信念の方が心に残りました。

人はこんなにも残酷になれること、
人はこんなにも強くなれること。
多くのことが詰まっています。

チベット問題に興味がなくても、人間に興味がある方にはぜひ手に取っていただきたい1冊です。

(ジャムさん、女性)

*********
著者の静かな視線が印象的

人間がどれほど残虐になれるか。
一方で、どれほど清明で強い精神を持つことができるか。

その両方の姿を見せられた本でした。

そして、虐げられた側の著者の言葉のどこにも虐げた人間への憎しみがないことに驚きます。
この著者の目には人間はどんなふうに映っているのだろう、と不思議でなりませんでした。

この本は最初に出版されてから、邦訳、絶版、そして復刊という経緯を辿っています。
この間にも著者と同じような理由で逮捕され、今も拘束されたままの人もいると聞くと言葉もありません。

こういうノンフィクション書籍を読む時には、反対意見、第三者の視点も併せて知るべきだと思います。ですが、現実には何が起こっているのか、それを知らせてくれる情報が世の中にはあまりに少ない。
これは「事実が事実と認められないはずがない」という信念のもとに生き延びた人が書いた本です。
その『事実』を知りたい、と強烈に感じさせる良著だと思います。

skyblue さん、女性)

*********
絶望と勇気と

人間は他者に対し、これほどまでに残酷に、無慈悲に、卑劣に振るまえる生き物であり、またこれほどまでに強靭な精神と利他的な心を持ち続ける生き物でもある、ということを示してくれる本だ。読み進めているうちに深い絶望を感じずにはおられないが、パルデン氏のこの書籍の底辺に流れているユーモアと楽観主義….悲惨な獄中の中でも決して屈することなく、助け合い、戦い続ける多くの囚人達の行動に驚かされ、逆に読者の方が勇気づけられるのだ。

この本の原書が英国で出版されたのが1997年とのことだが、その後もチベットの状況は悪化する一方であり、1933年生まれのパルデン氏は 2009年の今も精力的に世界中をまわってチベットの実情を訴え続けていらっしゃるそうだ。その強靭な精神と肉体に、ただ尊敬の念を抱かずにはおられない。

前半の、パルデン氏のチベットでの幼少時代の情景は、みずみずしい色彩に溢れ、美しい。

oharuさん、女性)

*********
帯に「衝撃の自伝」と書いてありますが、本当に衝撃的なので、グングン引き込まれていきます。最終章のあたりは、読んでると勇気が出ます。
現在進行形で起きている深刻な問題なので、出来るだけ多くの方に読んでほしいと思う一冊です。

(ドミノさん、男性)

*********
『雪の下の炎』読ませてもらいました。はじめに驚いたのは、表紙見返しのパルデン氏の写真がとても柔和でやさしい表情をしていることです。とても31年間も不当に投獄され繰り返し拷問を受けた人のまなざしとは思えません。よく見れば意思の強そうな口元や顎など見て取れますが、人は地獄の扱いを受けながらなお、あれほど慈愛に満ちたまなざしをもつことが出来るのでしょうか?心の底に決して動じず燃え続ける炎の魂を可視化してもらって、やっと凡人の私はその存在の可能性を信じることができるのです。

(ぴーままさん、50代・女性)

*********
人間は人間であると同時に、生物であり、動物であるということです。生物は、動物は、人間は進化なくば、退化しいづれ絶滅品種になると思います。
進化の源泉は生存競争だと思います。文明社会の進展が「競争なき理想郷」を実現したとしたら、残された道は絶滅の道かと思います。
日本が生存競争を生き抜く知恵と気概を失った時、日本は明日のチベット、明日の朱鷺のような立場になるのではと思います。日本が自分の国は自分で護る準備と自立心を失った時、国家の崩落がはじまるように感じます。
平和は坐して待って来るものではなく、まして他国が与えてくれることは決してないものだと思います。平和は自ら、闘い勝ち獲るべきものでフランス国歌「ラ・マルセ-ユズ」が,国家の存立の有り様を歌っていると思います。

ただ、人間は生物であると同時に人間です。バルデン・ギャツオのように他者を受容する心なくして、人間社会を築くことは、又ありえないと思います。
真の勝利は他者の受容にあると思います。それが生物である人間が、進化の過程で選択した人間の存在理由かと思います。

(HAYAKAWAさん、60代・男性)

*********
僧侶であるという理由だけで拘束され、人生の32年間を獄中で過ごすという事はどういうことなのか?パルデン・ギャツォ氏が経験した苦難は想像を絶する。僕達は氏の書き記したその事実をどう受け止めればいいのだろう。失われた歳月はけして帰って来ない。しかし、パルデン氏の記述はけして希望を失わず、こんな酷い苦難を経験しても、何故か本書の全体は静かな感謝の気持ちに満ちているようにも思われる。
氏の幼少の頃の回顧は、「雪の国」チベットがいかに美しい国であったか、とてもよく表現されている。そしてその美しい文化が次第に破壊されていく様は、悲しい。
後半の、少年囚の死を発端とする監獄内でのデモ、視察に訪れた米国大使に陳情書を渡そうと試みる場面などは、まるで映画のように劇的である。これだけ長期間の肉体的・精神的な拷問を経験しても、チベットの「良心の囚人」の心はけして折れていないのだ。そして本書は、パルデン氏の解放とインドへの脱出というクライマックスへと向かっていく。
余談だが、共産主義革命は本来階級闘争であり、階級そのものの解体を目的としていたのに、結果として共産党という新たな階級社会と独裁権力を作り出してしまったことは悲しい事実である。氏の記述からも垣間見えるが、共産党内で行われていた事はただの権力抗争だったのだ。そして、「人民」のための革命が成功したはずの国家で、「民主化」への願いが叫ばれる...なんという皮肉であることか。
本書で書かれた内容は、重い。そして、今この瞬間にも不当な長期の拘束や拷問を受けている人々が存在する事を僕達は忘れてはならない。

(makotoさん、40代・男性)

*********
“良心の囚人”の悲劇と闘い

31年――何の年月かによってそれが長いのか短いのかは変わろうが、それが「獄中にいた期間」となると、「長い」ということになるだろう。しかもその人物は政府の思想に従わないという理由で拘束され、服役期間を度々延長され、釈放されたかと思うとまた拘束されてきた”良心の囚人”だった。それを考えると余りに長すぎると言わざるを得ない。
1959年、政治犯として獄中に繋がれた彼は、侵略国当局の執拗な拷問を受け、”思想改造”を迫られる。チベット人がチベット人を虐げるという悲劇さえ繰り返された。
同書には彼のみならず、その他チベット人の”良心の囚人”の悲劇が幾つも記されている。
しかし、彼の思想は決して”改造”させられることはなかった。

「人間の肉体ははかりしれないほどの苦痛にも耐えることができ、しかも回復する。傷は癒える。だが、精神が挫けてしまったら、すべては壊れてしまうのだ」

鋼のような強靭な精神力――これが彼に生きる力を与えてくれていた。彼だけではない。侵略国当局が抑圧すればするほど、チベット人を分断しようとすればするほど、政治囚たちは反発を強め、団結を固めていく。力と脅しによる抑圧で仮に土地を支配できたとしても、人の心と誇りは支配できないのである。同書はパルデン氏の悲劇の人生を描き、侵略国当局の悪逆非道さ、抑圧による人権無視の支配のむごたらしさと虚しさを訴えるものであると同時に、そうした数多くの”良心の囚人”たちの群像劇でもある。

釈放後もパルデン氏の闘いは続く。インドに亡命し、力による抑圧に対する言葉による反撃が始まったのだ。同書を世に出したのもその一環である。
先述したように、侵略国の抑圧に抗う”良心の囚人”は彼だけではない。彼が去った後の獄中でも、自由を求める闘いはなおも続いているだろう。
“雪の国”チベットで自由を求める熱い思い――「雪の下の炎」は消えることはない。

カズ@憧れの大地さん、40代・男性)

*********
告発の彼岸へ

パルデン師は1960年夏に無実の罪により逮捕され、1992年の夏に釈放された。その間、数々の夥しい収容所や強制労働所を転々とさせられ、27歳から 60歳までの約33年間を獄中で過ごしている。人生の盛りの時期を監獄内に封じ込められたまま、絶え間ない迫害に晒され続ける人生とはどのようなものか ――。まさにダライ・ラマ法王から寄せられている序文にある通り、「パルデン・ギャツォの生涯は、稀にみる苦難と忍耐の物語」だ。

本書では1950年の中国によるチベット侵攻の時期に始まり、文革の時代を経て90年代に至るまでの収容所における生活が淡々と、冷静に回想されていく。肉体への物理的な暴力については言うまでもないが、それよりもむしろ精神に対する暴力がいかに凄まじいものだったか、慄然とさせられる。例えば仏教への信仰を棄てない素振りを察知されただけで「学習集会/告発集会」で吊し上げにされ、チベット人囚人仲間からリンチにあう。力いっぱい批判してみせなければ次は自分が標的にされてしまうから、チベット人同士で心にもない非難譴責を執拗に繰り返して相手の精神や肉体をズタズタにしなければならない、その悲劇、その不条理。

生死の瀬戸際を綱渡りしていく収容所の日常においては、暴力や飢えに支配されながらも、囚人達の間で数々の劇的な場面が展開される。特に、 1990年の冬の「監獄内での初めてのデモ」の描写は感動的で、何度読んでも落涙を禁じえない。少年囚が拷問死させられたのをきっかけに、パルデン師や青年囚を中心に同じ隊の全囚人が抗議のために立ち上がるのだ。監獄、しかもチベット一の悪名高いダプチ収容所で、青年囚は自らの死を賭し、先頭を切って収容所の中庭を行進する。白いシーツを裂き、美しいチベット文字で「少年囚の死を悼む」「政治囚の待遇改善を要求する」と書いた横断幕を掲げて。デモの後、この青年は「僕はもう長くない」と、秘かに身に着けていたダライ・ラマ法王のバッジを外して処刑を覚悟する。以後、看守や医療関係者の態度は明らかに変わった、とパルデン師は語る。

「看守を恐れるような素振りを見せてはならない、恐れこそが彼らに力を与えているのだから……私が三十年の獄中生活から学んだ教訓は、決して情けを乞うてはならないということだった。得るべきは、哀れみではないのだから……。」

パルデン師は獄中にあって、終始一貫して仏教徒としての己の信念、人としての正義を心に掲げ続けた。そして亡命した現在、76歳になってなお、世界各国を巡り、中国における人権の実態を訴え続けている。その小柄で華奢で強靭な背中に、獄中で無念の裡に倒れていったあまたの同胞の叫びを背負って。今は亡き数千、数万もの人々の強い希いが、世界を駆けるパルデン師を支えているに違いないのだ。

(euripides さん、40代・女性)

ダラムサラのパルデンさんにインタビュー(2009年1月)

インド・ダラムサラ在住の中原一博氏に、パルデン・ギャツォ師への近況インタビューをおこなっていただきました。

中原氏はチベットサポーターの間で有名なブログ『チベットNOW@ルンタ』から、ダラムサラを経由したチベットに関する最新情報を発信していらっしゃいます。また、昨年(2008年7月)にパルデンさんが来日なさった時にはチベット語の通訳をお務めになりました。

質問は、管理人よりメールで中原氏にあらかじめ送っておいたものです。

************************************************
【問】 去年、海外ではどの国にどれくらいの期間滞在して、どういう活動をなさいましたか。
(おもに映画の宣伝かと思いますが、講演会やファンドレイズのパーティ等でしょうか?)

【答】 日本に行った後、アメリカに渡って、マサチューセッツからシカゴまで歩いた。
6日間で歩いた。他に15人のチベット人が参加した。数人のアメリカ人も一緒だった。
初めと終わり、途中でトークやイベントもあった。

それから、ダラムサラに帰り一週間いた。
スペインで進んでいる<チベット・ジェノサイド裁判>のために準備する書類が沢山あったからだ。

その後、再びアメリカに行った。
最初に持病がある肺の具合を病院で見てもらった。
私の映画はオスカー賞を狙っているようで、そのための試写会がまず、
NYで6日間、次にロサンゼルスで6日間あった。
大勢の人の前で、何度も話をしたが、反応は非常に良かったと思う。

ダラムサラに帰り、今度はイタリアに行った。
私が解放されたのは、このイタリアのアムネスティーが中心になって
運動してくれたからなのだ。
だから、イタリアにはよく行く。
それから、オランダに試写会のために行った。
監督も来ていた。
そのあと、スペインに裁判のために行った。

そして、ガンデン・ナムチェの日にダラムサラに帰って来た。

(中原氏註: 2009年3月にはイギリス、5月にはノルウエーに行くことが決まっているそうです。
法王並みの人気ですね! 78歳元気一杯ですね。)

【問】 そのうち、どんな活動が有効だとお感じになりましたか。

【答】 どれが有効ということは解らない。大体トークが多いが、全部一緒になってたりするからね。

手段として、常に平和主義と真理を前面に出すべきだ。
暴力的手段では決して戦いに勝つことはできない。

中国は私に様々な試練を与えたが、私は今もこうして生きていて、
自分の考えは全く変えられることなく存在している。
力で人を変えることはできないということだよ。

【問】 日本では本が復刊されましたが、日本の読者にお願いしたいことがあれば、それもぜひ教えてください。

【答】 私の本を出版して下さる出版社の方々と、復刊のために働きかけて下さった
チベットの友人たちに、心より感謝いたします。
日本もチベットと同じように仏教の国だ。
この本には何でもない、ただのチベットの一僧侶の半生の話が書かれている。
中国が来て。多くのチベット人が殺されて行った。私も33年間監獄に繋がれていた。
でも私は今も死ぬこともなくこうして生きている。

仏教徒の僧侶として、中国を恨む気持ちはない。
人に害心を持てば、その果は苦であるからだ。
しかし、自分の信念は一度も曲げなかった。
仏教は勇気を与えてくれる。
日本人もそれで勇気があるのだろう。

日本と言えは、広島に行ったことがある。
私は45年に原爆が広島に落とされたということを、チベットで聞いて知っていた。
その時は何だか、大きな爆弾が日本に落とされて大勢の人々が死んだというので、
チベット政府が主催してその犠牲者を追悼するための「モンラム」を大々的に行ったのだよ。
自分はそれで覚えていた。

広島に行ってみると、驚いたことにすっかりビルが立ち並んでいる。
草も生えないと聞いていたのにだ、、、
つまり、アメリカが力で日本を負かした訳じゃないのだ、こうしてちゃんと日本は復興してる。
負けなかったのだ、と思ったよ。

そうだ、この前の日本はちょっと忙し過ぎたよ。
今度もう一度行く機会があれば、もっとゆっくり日本を見てみたいと思う。

(2009年1月12日、ダラムサラにて)

パルデンさん、ダラムサラにお帰りです

昨年7月、パルデンさん来日講演時に通訳を務めた中原一博氏によると、パルデンさんはすでにインドのダラムサラに戻っていらっしゃるそうです。
数日前、街中で偶然会って、少し立ち話をなさったとのこと。

中原さんは「日本での復刊が実現して、ついに刊行されているらしい」と伝えてくださったそうなのですが、それを聞いてパルデンさんは「日本語の本もぜひ手元に置いておきたい」とおっしゃられたとか。

なので、明日にでも郵便局からインド宛てに、日本語版『雪の下の炎』を送っておこうと思います♪

          献辞

 
 
            一切仏の慈悲を御身にて具現なされるあの方へ、
            《雪の国》の人々の生ける守護神、
            暗黒の時代(カリユガ)に苦しむ人間の唯一の頼り、唯一の慰めたるあの方へ、
            御身が情愛と祝福に、感謝の念でむせる思い

            悪の化身、野蛮な中国人の赤き群、
            国際法すら踏みにじり、《雪の国》に押し寄せて呑み込みぬ
            傍若無人に蹂躙せしは、われらが存在そのもの
                ――われらが体、われらが心、われらが魂
            無間地獄にすら、またとありや
            われらが嘗めし辛酸、味わいし痛手、発せし叫び

            真と正義と品位なる徳をやはり信ずる世界中の方々、
            願わくは、こぞり進み出て響かせよ、真と正義と品位の道に
            手を差しのべよ、われらを解き放ち
            自由たるべく、独立たるべく、如意たるべく
                ――われら自身のこの国で
 
 
            パルデン・ギャツォ

 
                                                ツェリン・ドゥンドゥプの英訳による
 
 
 
 

ダライ・ラマ法王による序文

 パルデン・ギャツォの生涯は稀にみる苦難と忍耐の物語です。僧侶だった彼は、中国がチベットを支配しはじめて間もなく、二十八歳のときに捕えられ、六十になろうという一九九二年、ようやく釈放されました。

 獄中での三十一年間は、拷問、飢え、「思想改造」集会の連続でしたが、それでも彼は圧政者の前に屈したりしませんでした。そのような勇気と、自らを拷問した人々さえ許す心をもてたのは偏(ひとえ)にチベット人天性の快活さゆえ、と片づけるには無理があるでしょう。愛や優しさ、寛容、そしてとりわけ、心の内なる平安と希望の根源である「一切皆空」という言葉、そうした仏教の教えが彼を支えていたのだと私は思います。

 本書は、一九四九年にはじまる中国による侵攻以後のチベット史を鮮やかに語ってくれています。たとえば文化大革命の恐ろしい年月についても、パルデン・ギャツォは自分とともに苦しんだ他者への深い憐れみをもって語ります。彼の心を震撼させたのは処刑の恐怖などではなく、目の前につきつけられた非人間性や残虐さでした。

 この証言をお読みになれば、歴史ある仏教文明の社会や伝統がどれほど無残に破壊されたかをご理解いただけるでしょう。僧院や寺院、そこにあった文献や宗教的絵画・彫刻の破壊はひとりチベットの悲劇にとどまらず、人類全体の文化遺産にとっても重大な損失です。さらに深刻なのは、その後復興した宗教機関に対する様々な制約です。僧侶も尼僧も、修業や種々の宗教的行為をチベットが独立国であった頃のように自由にはおこなえなくなっているのです。そうした状況にあっても、慈悲や忍耐、自らの行動に対する責任感といった精神的な部分での宗教実践がすたれてはいないことを、パルデン・ギャツォのような人たちは教えてくれます。そして、そんな彼の人生の物語は、万人にとって示唆するところの多いものでしょう。

 これまで何千ものチベット人が故郷から逃れてきました。パルデン・ギャツォもそのひとりです。ようやく安全な亡命先にたどりつきながら、彼はただあきらめ安住しようとはしませんでした。正義感や、多くのチベット人の身に起きたことへの怒りが、彼に休む暇を与えなかったのです。事実を隠しねじ曲げようとする共産中国に長年抵抗してきた彼は、チベットの真実を世界に伝える機会をつかみました。

 この本を読んで、パルデン・ギャツォの身の上と、そこに見られる不屈の精神や献身に心を動かされない人はいないでしょう。彼とおなじく私も楽観的な人間です。チベットが平和地帯として蘇り、人々が相和して暮らせる日がくることを信じ楽しみにしています。それは私たちの力だけでは達成できません。けれど私たちは無力ではない、そして個人の力でもやれることはある、パルデン・ギャツォはそのことをこそ教えてくれているのではないでしょうか。彼の人生に触発された読者諸氏がチベットのために暖かいご支援をくださるよう、心から願っています。
 
 
一九九七年五月  ダラムサラにて
 
                                         ダライ・ラマ
 
 
 
 

Home > 4. パルデンさんについて

Search
Feeds
Meta

Return to page top