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3. 読者の声 Archive

皆様から寄せられた感想

まだ発売間もない本書ですが、感想が続々と寄せられています。順次追加して掲載させていただきたく存じますので、掲載を希望される方は、

1.ニックネーム 2.男性or女性 3.できれば大体のご年齢(30代、40代、etc。できれば、でけっこうです) 
4.ご自身のブログやサイトがあればリンクを張らせていただきますので、そのURL

以上を添えて、ご感想を 「reprint.fire.under.the.snowアットgmail.com」 
(「アット」を@マークに変えてください)までご送信いただけますと幸いに存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 
 

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読む前は、拷問の場面を想像して、少し恐い感じがしていました。
読み終えて、何者にも縛れない心の自由と、崇高な精神を教えてくれた、美しいチベットの人のことを決して忘れない…と思いました。

いとし~さん、40代・女性)

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あれほど過酷な目に会いながら、どうしてあのようなやさしいまなざしを持ちうるのか?
拷問にも揺るがない心のありようとは?今もお元気で生きておられることが素晴らしい!

(hanaさん、50代・女性)

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 この本に描かれた不条理は、まさに筆舌に尽くしがたいものがあります。
 しかしながら「人が人に対してこんなにもひどい仕打ちができるのか」という思い以上に、想像を絶する苦境においても自らの意思を貫き、
互いを思いやる人々の姿に強く胸を打たれました。
 「人間らしく生きる」ことの大切さを力強く感じさせてくれる一冊です。

chy9929さん、女性)

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人間の強さを知る本

2008年の夏、パルデン・ギャツォさんご本人のお話を直接伺う機会に恵まれました。
76歳になられるパルデンさんは、とても闊達で、ユーモアに溢れ、よく焼けた体と(がっちりしていたと思われる)、 大きな手、キラキラと光る目が印象的な方でした。

ぜひ、本作を読みたいと思いましたが、絶版になっていたため、はじめは図書館で借りて読みました。
どうしても手元に欲しかったので、今回の復刊を心から喜んでいます。

残酷な拷問や獄中生活の描写よりも、パルデンさんの強い信念の方が心に残りました。

人はこんなにも残酷になれること、
人はこんなにも強くなれること。
多くのことが詰まっています。

チベット問題に興味がなくても、人間に興味がある方にはぜひ手に取っていただきたい1冊です。

(ジャムさん、女性)

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著者の静かな視線が印象的

人間がどれほど残虐になれるか。
一方で、どれほど清明で強い精神を持つことができるか。

その両方の姿を見せられた本でした。

そして、虐げられた側の著者の言葉のどこにも虐げた人間への憎しみがないことに驚きます。
この著者の目には人間はどんなふうに映っているのだろう、と不思議でなりませんでした。

この本は最初に出版されてから、邦訳、絶版、そして復刊という経緯を辿っています。
この間にも著者と同じような理由で逮捕され、今も拘束されたままの人もいると聞くと言葉もありません。

こういうノンフィクション書籍を読む時には、反対意見、第三者の視点も併せて知るべきだと思います。ですが、現実には何が起こっているのか、それを知らせてくれる情報が世の中にはあまりに少ない。
これは「事実が事実と認められないはずがない」という信念のもとに生き延びた人が書いた本です。
その『事実』を知りたい、と強烈に感じさせる良著だと思います。

skyblue さん、女性)

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絶望と勇気と

人間は他者に対し、これほどまでに残酷に、無慈悲に、卑劣に振るまえる生き物であり、またこれほどまでに強靭な精神と利他的な心を持ち続ける生き物でもある、ということを示してくれる本だ。読み進めているうちに深い絶望を感じずにはおられないが、パルデン氏のこの書籍の底辺に流れているユーモアと楽観主義….悲惨な獄中の中でも決して屈することなく、助け合い、戦い続ける多くの囚人達の行動に驚かされ、逆に読者の方が勇気づけられるのだ。

この本の原書が英国で出版されたのが1997年とのことだが、その後もチベットの状況は悪化する一方であり、1933年生まれのパルデン氏は 2009年の今も精力的に世界中をまわってチベットの実情を訴え続けていらっしゃるそうだ。その強靭な精神と肉体に、ただ尊敬の念を抱かずにはおられない。

前半の、パルデン氏のチベットでの幼少時代の情景は、みずみずしい色彩に溢れ、美しい。

oharuさん、女性)

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帯に「衝撃の自伝」と書いてありますが、本当に衝撃的なので、グングン引き込まれていきます。最終章のあたりは、読んでると勇気が出ます。
現在進行形で起きている深刻な問題なので、出来るだけ多くの方に読んでほしいと思う一冊です。

(ドミノさん、男性)

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『雪の下の炎』読ませてもらいました。はじめに驚いたのは、表紙見返しのパルデン氏の写真がとても柔和でやさしい表情をしていることです。とても31年間も不当に投獄され繰り返し拷問を受けた人のまなざしとは思えません。よく見れば意思の強そうな口元や顎など見て取れますが、人は地獄の扱いを受けながらなお、あれほど慈愛に満ちたまなざしをもつことが出来るのでしょうか?心の底に決して動じず燃え続ける炎の魂を可視化してもらって、やっと凡人の私はその存在の可能性を信じることができるのです。

(ぴーままさん、50代・女性)

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人間は人間であると同時に、生物であり、動物であるということです。生物は、動物は、人間は進化なくば、退化しいづれ絶滅品種になると思います。
進化の源泉は生存競争だと思います。文明社会の進展が「競争なき理想郷」を実現したとしたら、残された道は絶滅の道かと思います。
日本が生存競争を生き抜く知恵と気概を失った時、日本は明日のチベット、明日の朱鷺のような立場になるのではと思います。日本が自分の国は自分で護る準備と自立心を失った時、国家の崩落がはじまるように感じます。
平和は坐して待って来るものではなく、まして他国が与えてくれることは決してないものだと思います。平和は自ら、闘い勝ち獲るべきものでフランス国歌「ラ・マルセ-ユズ」が,国家の存立の有り様を歌っていると思います。

ただ、人間は生物であると同時に人間です。バルデン・ギャツオのように他者を受容する心なくして、人間社会を築くことは、又ありえないと思います。
真の勝利は他者の受容にあると思います。それが生物である人間が、進化の過程で選択した人間の存在理由かと思います。

(HAYAKAWAさん、60代・男性)

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僧侶であるという理由だけで拘束され、人生の32年間を獄中で過ごすという事はどういうことなのか?パルデン・ギャツォ氏が経験した苦難は想像を絶する。僕達は氏の書き記したその事実をどう受け止めればいいのだろう。失われた歳月はけして帰って来ない。しかし、パルデン氏の記述はけして希望を失わず、こんな酷い苦難を経験しても、何故か本書の全体は静かな感謝の気持ちに満ちているようにも思われる。
氏の幼少の頃の回顧は、「雪の国」チベットがいかに美しい国であったか、とてもよく表現されている。そしてその美しい文化が次第に破壊されていく様は、悲しい。
後半の、少年囚の死を発端とする監獄内でのデモ、視察に訪れた米国大使に陳情書を渡そうと試みる場面などは、まるで映画のように劇的である。これだけ長期間の肉体的・精神的な拷問を経験しても、チベットの「良心の囚人」の心はけして折れていないのだ。そして本書は、パルデン氏の解放とインドへの脱出というクライマックスへと向かっていく。
余談だが、共産主義革命は本来階級闘争であり、階級そのものの解体を目的としていたのに、結果として共産党という新たな階級社会と独裁権力を作り出してしまったことは悲しい事実である。氏の記述からも垣間見えるが、共産党内で行われていた事はただの権力抗争だったのだ。そして、「人民」のための革命が成功したはずの国家で、「民主化」への願いが叫ばれる...なんという皮肉であることか。
本書で書かれた内容は、重い。そして、今この瞬間にも不当な長期の拘束や拷問を受けている人々が存在する事を僕達は忘れてはならない。

(makotoさん、40代・男性)

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“良心の囚人”の悲劇と闘い

31年――何の年月かによってそれが長いのか短いのかは変わろうが、それが「獄中にいた期間」となると、「長い」ということになるだろう。しかもその人物は政府の思想に従わないという理由で拘束され、服役期間を度々延長され、釈放されたかと思うとまた拘束されてきた”良心の囚人”だった。それを考えると余りに長すぎると言わざるを得ない。
1959年、政治犯として獄中に繋がれた彼は、侵略国当局の執拗な拷問を受け、”思想改造”を迫られる。チベット人がチベット人を虐げるという悲劇さえ繰り返された。
同書には彼のみならず、その他チベット人の”良心の囚人”の悲劇が幾つも記されている。
しかし、彼の思想は決して”改造”させられることはなかった。

「人間の肉体ははかりしれないほどの苦痛にも耐えることができ、しかも回復する。傷は癒える。だが、精神が挫けてしまったら、すべては壊れてしまうのだ」

鋼のような強靭な精神力――これが彼に生きる力を与えてくれていた。彼だけではない。侵略国当局が抑圧すればするほど、チベット人を分断しようとすればするほど、政治囚たちは反発を強め、団結を固めていく。力と脅しによる抑圧で仮に土地を支配できたとしても、人の心と誇りは支配できないのである。同書はパルデン氏の悲劇の人生を描き、侵略国当局の悪逆非道さ、抑圧による人権無視の支配のむごたらしさと虚しさを訴えるものであると同時に、そうした数多くの”良心の囚人”たちの群像劇でもある。

釈放後もパルデン氏の闘いは続く。インドに亡命し、力による抑圧に対する言葉による反撃が始まったのだ。同書を世に出したのもその一環である。
先述したように、侵略国の抑圧に抗う”良心の囚人”は彼だけではない。彼が去った後の獄中でも、自由を求める闘いはなおも続いているだろう。
“雪の国”チベットで自由を求める熱い思い――「雪の下の炎」は消えることはない。

カズ@憧れの大地さん、40代・男性)

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告発の彼岸へ

パルデン師は1960年夏に無実の罪により逮捕され、1992年の夏に釈放された。その間、数々の夥しい収容所や強制労働所を転々とさせられ、27歳から 60歳までの約33年間を獄中で過ごしている。人生の盛りの時期を監獄内に封じ込められたまま、絶え間ない迫害に晒され続ける人生とはどのようなものか ――。まさにダライ・ラマ法王から寄せられている序文にある通り、「パルデン・ギャツォの生涯は、稀にみる苦難と忍耐の物語」だ。

本書では1950年の中国によるチベット侵攻の時期に始まり、文革の時代を経て90年代に至るまでの収容所における生活が淡々と、冷静に回想されていく。肉体への物理的な暴力については言うまでもないが、それよりもむしろ精神に対する暴力がいかに凄まじいものだったか、慄然とさせられる。例えば仏教への信仰を棄てない素振りを察知されただけで「学習集会/告発集会」で吊し上げにされ、チベット人囚人仲間からリンチにあう。力いっぱい批判してみせなければ次は自分が標的にされてしまうから、チベット人同士で心にもない非難譴責を執拗に繰り返して相手の精神や肉体をズタズタにしなければならない、その悲劇、その不条理。

生死の瀬戸際を綱渡りしていく収容所の日常においては、暴力や飢えに支配されながらも、囚人達の間で数々の劇的な場面が展開される。特に、 1990年の冬の「監獄内での初めてのデモ」の描写は感動的で、何度読んでも落涙を禁じえない。少年囚が拷問死させられたのをきっかけに、パルデン師や青年囚を中心に同じ隊の全囚人が抗議のために立ち上がるのだ。監獄、しかもチベット一の悪名高いダプチ収容所で、青年囚は自らの死を賭し、先頭を切って収容所の中庭を行進する。白いシーツを裂き、美しいチベット文字で「少年囚の死を悼む」「政治囚の待遇改善を要求する」と書いた横断幕を掲げて。デモの後、この青年は「僕はもう長くない」と、秘かに身に着けていたダライ・ラマ法王のバッジを外して処刑を覚悟する。以後、看守や医療関係者の態度は明らかに変わった、とパルデン師は語る。

「看守を恐れるような素振りを見せてはならない、恐れこそが彼らに力を与えているのだから……私が三十年の獄中生活から学んだ教訓は、決して情けを乞うてはならないということだった。得るべきは、哀れみではないのだから……。」

パルデン師は獄中にあって、終始一貫して仏教徒としての己の信念、人としての正義を心に掲げ続けた。そして亡命した現在、76歳になってなお、世界各国を巡り、中国における人権の実態を訴え続けている。その小柄で華奢で強靭な背中に、獄中で無念の裡に倒れていったあまたの同胞の叫びを背負って。今は亡き数千、数万もの人々の強い希いが、世界を駆けるパルデン師を支えているに違いないのだ。

(euripides さん、40代・女性)

写真が物語ること:カズさんのブログより

憧れの大地へ: 書評「雪の下の炎」(パルデン・ギャツォ)
チベットほかアジア各地を広くめぐった経験をお持ちのカズさんによる、重厚な書評です。
ぜひリンク先でお読みいただくとして、ここでは一つ、珍しい点をご紹介。

上記ブログの書評の最後に、次のような記述があります。

**********(引用ここから)****************************************************************************************
尚、蛇足だが、パルデン氏が逮捕される前の1951年の出来事として、以下のような記述があった。

「中国側は、張経武の到着に際して集まったギャンツェの群衆という写真を発表した。その説明には『中国政府代表を歓迎するチベットの民衆』と書かれていた。とんでもない大嘘である。私たちは私たちの指導者であるダライ・ラマのお姿を一目見ようと集まったのだ。」

もしかするとその写真とは、私が「嘘八百 中国官製『チベットの50年』」でその信憑性に疑いの目を向けたあの写真と同じものかもしれない。
**********(引用ここまで)****************************************************************************************

……つまりカズさんは、パルデンさんが『雪の下の炎』で書いておられたエピソードに関して、ほぼ同じものと思われる写真を偶然ネットで見つけた後、その解釈について自力で真相を読み取り、察知していたというわけですね。

日ごろマスメディアから提供されるままに受け取ってしまいがちなニュース素材について、こうした冷静な分析眼で検証してみたいものだ、と思います。

**********(引用ここから)****************************************************************************************
20. 1951年、中国人民解放軍がチベットを平和的に解放したニュースを聞くと、チベット人民は様々なプレゼントを用意して歓迎(上)、各地の族長(地方首長)、生き仏、ラマ僧と大商人もハダを持って道端に出て歓迎(下)

中国人民画報:チベットの50年より

2枚の写真とも(注・上のURL先サイトの一番下から2つの写真)、肝心の「歓迎される側」が写っていないところに意図的なものを感じる。本当に解放軍を歓迎する写真なのか、甚だ疑わしい。と言うより、全く別の人物(例えばダライ・ラマ)を歓迎している写真を偽っている可能性が極めて高い。
********(引用ここまで)*******************************************************************************************

いわれてみれば、チベットの人々が人民解放軍に対してカタを捧げ持つわけはないですね。
仮に法王でないとしても、位の高いリンポチェを待っているとしか思えない雰囲気の写真です。

りんかさん、rewa さんのサイト

■ 『チベット 本の苑』 by りんかさん
チベットに関するさまざまな本が穏やかな言葉でていねいに紹介されている、素晴らしいサイトです。
「入門編」「チベット問題」「歴史・文化」「伝記」「エッセイ・旅行記」「絵本・民話」「仏教」といったように、幅広いカテゴリにわたって紹介されています。
映画や写真、チベット関連のイベントについての感想も充実。イベントにはなかなか参加できないという人には、特に参考になりそう。
 『雪の下の炎』 の感想
 「『雪の下の炎』が復刊」

■ 『チベシリ on NAGANO』 by rewa さん
長野での貴重なイベント・レポートを読むことができます。
2008年オリンピックの聖火出発地点を辞退した善光寺に、法王から贈呈された釈迦像に、SFT関係者に……長野って、実はチベット仏教に縁の深い場所かもしれません。 『雪の下の炎』の復刊についても、記事で紹介してくださいました。「『雪の下の炎』ついに復刊!」
テントゥク大好きな管理人としては、「ひんのべ」がとても気になります。。

ぴーままさんの感想

ぴーままさんから、次のような感想をいただきましたので、ご紹介します。
皆さまも、よかったらご感想をお寄せください!

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『雪の下の炎』読ませてもらいました。はじめに驚いたのは、表紙見返しのパルデン氏の写真がとても柔和でやさしい表情をしていることです。とても31年間も不当に投獄され繰り返し拷問を受けた人のまなざしとは思えません。よく見れば意思の強そうな口元や顎など見て取れますが、人は地獄の扱いを受けながらなお、あれほど慈愛に満ちたまなざしをもつことが出来るのでしょうか?心の底に決して動じず燃え続ける炎の魂を可視化してもらって、やっと凡人の私はその存在の可能性を信じることができるのです。
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